2008年02月 プライバシー権について 櫻岡
マンションから転居するにあたり、「プライバシー」という権利があることを理由として、隣人や管理組合に転居先を明かさないまま退去してしまい、管理組合や理事会の運営に支障を来しているケースがあります。そこで、「プライバシー」という権利、すなわちプライバシー権について、少し考えてみたいと思います。
プライバシー権とは、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」(註1)であるとか「自己に関する情報をコントロールする権利」(註2)であるなどと説明されています。
もともとは、ウォーレンとブランダイズというアメリカの二人の法律家が1890年に発表した『The
Right to Privacy(プライバシーの権利)』という論文において提唱されたのが始まりとされています。
日本では、三島由紀夫が訴えられた「宴のあと」事件において争われ、この時の判決(註3)で、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」が人格権(憲法13条)の一つであると認められました。このほか、弁護士に対して区役所が応じたことによる「前科照会事件」判決(註4)や知事候補者を誹謗中傷する記事の事前差止に関する「北方ジャーナル事件」判決(註5)においてもプライバシー権は認められていますが、この「北方ジャーナル事件」判決では、「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞(おそれ)があるとき」に限って認められています。そして、「『エロス+虐殺』事件」判決(註6)においては、映画の中に実在人物の私生活が含まれているとしても、当然に「その名誉、プライバシー等人格的利益を侵害されるとは、たやすく断じ得ない」として、どのような場合でもプライバシー権が認められるというわけではないことを明確にしました。
このように、プライバシー権を考えるにあたっては、他の権利と比較衡量をすることによって考えるのが一般的となっています。
また、住所・氏名・年齢(生年月日)・性別は、国はプライバシーではないとしており、ゼンリンの地図に関する鹿児島地裁の決定においても「特別な事情のない限り、問題はない」として、プライバシーには含まれないことを明言しています。これに関して、たとえ個人情報であっても、「誰かから誰かに伝えられたとき、直ちにプライバシーの侵害に当たるとは」考えにくく、「私生活における自由を侵害しない限り、プライバシーが侵害されたとは考えられない」という考え方(註7)は説得力があると思います。
ところで、プライバシー権は、憲法13条による人格権であると考えられていますが、憲法99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と規定されており、ここに「国民」という私人は含まれていません。つまり、そもそもプライバシー権などの憲法上の主張は、公権力に対して行うものであり、私人である隣人や管理組合、つまり建物の共有者に対して主張するというのは、筋違いではないでしょうか。まして、自己の財産を、留守の間、管理してあげようとする者に対して、プライバシー権を主張し、転居先を秘匿するというのは、自分勝手以外のなにものでもありません。
各区分所有者は、管理組合の適正な運営に協力すべき義務があり、転居した場合には、きちんと転居先を伝えておくべきでしょう。このことは現行の標準管理規約にも明記されています。権利の主張というものは、義務を果たしたものだけに認められるものです。どうしても転居先を明かしたくないのであれば、共有関係から離脱し、組合員をやめるべきでしょう。
(註1)東京地判昭和39年9月28日下民集15巻9号2317頁。
(註2)野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法T』(第3版)(有斐閣2001年)255頁、佐藤幸治
『憲法〔新版〕』(青林書院1990年)408頁、藤原静雄「個人データの保護」『情報と法』(岩波講座
現代の法10)(岩波書店1997年)190頁など参照。
(註3)註1と同じ。
(註4)最三判昭和56年4月14日民集35巻3号620頁。
(註5)最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁。
(註6)東京高決昭和45年4月13日高民集23巻2号172頁。
(註7)白田秀彰「インターネットの法と慣習」『第16回
プライバシーに関する私論U』。
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